首都防衛シミュレーション

思考が切り開く新未来

筆者の経歴から見る西荻窪プラン

ここで簡単に筆者である私自身の経歴をご紹介させていただきます。

私は大学を中退し音楽活動を継続しながら実家の家業である不動産業を行なっていました。
東京多摩地区の小さな会社ではありましたが不動産業の多くの分野を経験してまいりました。
売買、賃貸管理、斡旋、土地仕入れ、加工、造成、戸建て住宅の建築、販売等です。とても多岐に渡る業態を知る事となりました。
残念な事に東日本大震災のタイミングで会社の資金繰りが困難になり閉業する事となりその後いくつかのアルバイトを経て食品物流の仕事を5年程経験しました。
その間には兼業的に知人の健康食品会社の販売(アルバイト)も経験しました。
そして現在はプロパンガスの保安業務員として地元の地域を広く動き回っています。

以上がざっとではありますが私の職歴です。

不動産業の経験による影響から見る西荻窪プラン

不動産業には大まかな分業的な棲み分けとでも言うべき業態がありましていわば各業者の得意分野と言った感じで仕事の分野は分かれています。
私の場合は父が会社を閉業するにあたり会社の所有する簡単には販売が難しいような厄介な土地をどうにか活用する少々特殊な事案にもいくつか踏み込む事となりました。
その中で経験したのは土地に関する法令や建築に関するそれらのプロのレベルにおいてすらわかりずらい様々な行政機関の仕組み、対応の事でした。
いわば何事であれ利益を出すこと(お金を儲けること)に付きまとうしがらみのようなあらゆるハードルを多くの人々が自身の牙城としているかの様な事象に沢山出会う事となりそれが西荻窪プランの一つの方向づけとなっているのだろうと自身で思っています。

つまりは前記事の福和先生が立ち上げられましたホンネの会の意義がとてもリアルに感じられてしまう所でもありました。

防災について言えば幾つかの中心的な主体、この場合内閣府、東京都、国交相経産省、と言ったそれぞれがどの様に絡みずらさを持ちそうな状況なのかも少々骨は折れますが精査する事は可能です。
それぞれの主体の首都直下地震に関する予測もウエブにて比較する事も出来ます。
そんな事を考えながらしかし実際に自分たちの身に禍が降り注いだらとやはり考えてしまいます。
少しの社会合意こそが決め手となるであろうとの予測を大胆に実現可能性を前提として追求してみる事が自然に必然と思えてきた次第であります。

食品物流業の経験から

さてその後ひょんな事から知人の伝である食品物流の会社に籍を置く事になりました。
これが大変に楽しかったのです。いかに綺麗にいかに素早く仕分けを行うかと言う点にいわばゲーム性を見出しながらの勤務でした。

限られた作業スペースを与えられその中での仕分け作業を考える時は細やかに場所と物とを配置し人の動きと絡みを読み、作り、導き生産性の高さを求めてあらゆる事を考慮して行くのです。トラックで物が入庫され置き場へ運ばれ保存を考慮し仕分けの作業を進めます。
仕分けを終わらせたカゴやパレットと呼ばれるプラスチック板などを機能的に集約させ出荷させます。
最も面白いのはいわば直感的とも言える読みの部分です。物流とは英語で(ロジスティックス)ですから何とも理屈っぽい感じがしますが最後は人間的なひらめきとか絡みとかが大事になって来ます。組織の人間模様やホンネと建前もきっちり把握しながらの作業におけるモードチェンジのタイミングも大事です。
その辺りは個々の持ち味ではありますが労働生産性という数字が簡単に見て取れますから数字の勝負に還元されます。
そういった現場でやはり人間の能力や魅力と言うものの素晴らしさに出会うととても感動します。あり得ない速さと綺麗さの仕分け作業をする人が稀に居るのです。
読みが違うのです。全体を俯瞰している視野が。そして誰よりも早く効率性を導き出し物と人の場所と動きの流れを見抜くのです。

そんな職場で必死に鍛えられた経験から自分のロジスティックスのデータに基づく客観的な能力についてはしっかりと把握するに至りました。
楽しく効率性を追求していた日々でした。

そんな視線から首都直下地震の事を調べて行くとうずうずと疼いてきます。

これは西荻窪エリアがキーになるぜ。コンセンサスがあれば機能するぜ。都内の窮状(カオス)が地点毎に絡みつつ落ち着いて行くはずだぜ。

と言う風にです。これがあるのとないのとではムチャムチャ違うのではないかと思います。

事前準備とでも言うべき防災のコンセンサス作りとシンプルな作業マニュアルのような何某かをこさえておくべきだと思います。

生産効率が劇的に変わると思うのです。ポイントはトイレ作りと物資の徒歩による流通です。
先手必勝となればいいなと思っています。

LPガス保安業務員としての活動

しかしハマってしまいますと物流の仕事は段々と体力的に厳しさを感じ始めて来ました。性格的に手を抜くのも苦手でしたからついつい無理をしてしまう。
そんな時に地元のプロパンガスの保安業務員の募集を見かけ応募する事にしました。
前職の経験もそれなりに活かせそうでしたし。久々にマークシートの試験を無事にパスし資格を得、今では地元のエリアを忙しく動き回る日々を過ごしています。
インフラストラクチャーに関連する現状を現場にて知り得る立場になったわけです。
プロパンガスの歩みとは約70年。戦後の日本の歩みとほぼリンクします。都市ガスと共に調理とお風呂にとほぼ全世帯必須のインフラです。

いわば唐突に訪問をさせて頂き、お客様のお宅にお邪魔させていただく訳です。その数程のたくさんの方々、たくさんの家庭の様子を窺い知る経験をさせてもらっています。

多くの人々とガスの事を解決して行くと言うプロセスを生業にしている事がおそらく防災と言う局面においても何かのプラスと働いてくれそうだなと何となくですが思っています。
声のかけ方とかものの言い方とか。これってすごく大事になるはずですよね。

ガスの事で言えば70年間の技術とそれらをフォローアップする規制や法令との整合性を見極めるのがなかなか大変です。
この点については何しろベテランの方々とのコミュニケーションにつきます。最初は教わるのも教えるのも結構大変でもあります。
現場に行ってみると物凄く古い設備だったりよく判らなかったり。

何しろ上司の様なその道のプロの方々は綿密な知識と情報に精通されていらしゃる訳です。
技術、それらを伝達するコミュニケーションの難しさを知る事によりそれらのソリューションへと導いてくれる何事かをいち早く発見できるような仕事を日々心掛けています。
西荻窪プラン及びシミュレーションにおいて生きてくると良いなと思っています。

 

以上のようなバックグラウンドを持って、このブログを書き進めて参りますのでどうぞよろしくお願いいたします。


最後までお読み頂きましてありがとうございました。